応援の歴史とエピソード

1972年(昭和47) ミュンヘン Munchen

時代背景 アメリカ、ウオーターゲート事件発覚。
琉球諸島日本返還。
浅間山荘事件起きる。
オリンピック
ハイライト
この大会で日本男子体操団体はローマ大会から連続4大会制覇。
エース塚原の「月面宙返り」等で無類の強さを世界に印象づけた。
アメリカの天才スイマー、マーク・スピッツが出場した7種目すべてで世界新記録を樹立しての金メダルという快挙を達成。

日本選手団獲得メダル数
金:13 銀:8 銅:8
おじさんの
エピソード
女子バレーボールの試合で、日本はブルガリアに2セット先取され、3セット目もかなりリードされていた。
何とかしようと「タイム」中に、笛で「三・三・七拍子」の音頭を繰り返した。

全く知らないはずの地元ドイツ人が、私が日本国旗とドイツ国旗を持って応援していたため、一緒に日本の応援を始めた。
次第に、地元のドイツ人が多い会場内が、日本の「三・三・七拍子」応援一色になった。
日本選手はこの大声援に応えるように、次々とポイントを重ね、3セットは日本が大逆転の末に獲得!その後も日本の勢いは止まらずセットを連取し、結果的に決勝進出を決めた。

感激のあまり、コートの中で選手と抱き合い喜びを分かち合った。
このオリンピックを境に、主催国の国旗を持って応援することに決めた。
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